「医療クラスタ」の発言の疑問点 その3(峰宗太郎氏の発言についての疑問)

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発端

「医療クラスタ」の発言の疑問点という記事でも触れましたが、峰宗太郎氏は「特異度が99.9999%だとしても問題」という主張をしました。

Yahoo!ニュース
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「検査前確率(事前確率)が低い場合には、やはり偽陽性の可能性は特異度がかなり高くてもゼロではない。偽陽性では本当は感染していないのに隔離されてしまう、時に感染のリスクが上がるようなところへ入れられてしまうなど、より人権的に問題になる結果を招くこともある。いずれにせよ、どこまでも問題です」

これに対して僕は

「特異度が99%というのは間違いだろ」という批判を受けてか、「PCR検査の特異度が99.9999%でも、議論は変わらない」という主張もありました。
ですが、「特異度が99.9999%」であれば、陰性なのに陽性となるのは「100万人に1人」です。
これで駄目なら「ゼロリスク信仰」と言われても仕方ないのでは?
(中略)
CDCによると、ファイザー製のワクチンを接種してアナフィラキシーを起こしたのは「100万人当たり11・1人」だそうです。
「100万人に1人」で駄目なら、「100万人当たり11・1人」も駄目だと思うのですが、これは許容範囲なのでしょうか? 受ける害の種類が違うから比較できないのでしょうか?

と、先の記事に書きました。

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峰氏にした質問 その1(返事あり)

そこで、「特異度が99.9999%でも駄目というのはおかしいのではないか」と気付いてもらえるかもと思って、峰氏が利用しているサービス「マシュマロ」を使って聞いてみたところ、返事がありました。

はい、一刀両断されています。
「別の問題」「偽陽性率が少なくてもPCR検査の議論が変わらないというのは精度の問題だけではないから、とインタビューでも書いてる」と。
でも、「脳タリンマシュマロ」という言葉には、繊細な僕の心はひどく傷つきました。

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峰氏にした質問 その2(この記事作成時点で返事なし)

ですが納得はしていないので、「偽陽性が問題である」ということなら、と別の質問をしてみました。

脳タリン認定ありがとうございます。
では方向を変えて。記事には「検査前確率(事前確率)が低い場合には、やはり偽陽性の可能性は特異度がかなり高くてもゼロではない」とありましたが、特異度が100%ではない以上、事前確率が100%でない限りは検査数が増えれば偽陽性は発生することになります。本当は感染していないのに隔離されるなどがあるため「偽陽性の可能性はゼロではない」ことを問題視するのであれば、事前確率が高くても検査をするべきではないという結論に達しそうなものですが、どうして事前確率が高い場合の検査は許容されるのですか?
「説明用」に事前確率10%、感度100%(今回は偽陽性の話なので簡単にするため)、特異度99%とすると、陽性的中率は91.7%になるかと思います。この場合、「偽陽性の可能性はゼロではない」ですが、この条件での検査は問題ないとお考えですか?

簡単に言ってしまうと、「事前確率が高くても偽陽性はあるはずだが、それは問題ではないのか」ということです。
この質問に対して、この記事を作成した時点では返事が来ていません。
黙殺したのか、数が多いため気付いていないのかわかりませんが。

これに対して考えられる答えを自分なりに考えてみましたが、

  1. 「検査対象を絞れば件数が減るので偽陽性は(ほぼ)発生しない」
    自分で書いてて無理筋だと思います。「偽陽性の可能性は特異度がかなり高くてもゼロではない。」と言われてしまったら何も言い返せないからです。
    で、実際の検査実績を見ると、日本では累計500万人以上が検査を受けています。また、峰氏は

    のように、「20万件/日よね…ばぶもそのぐらい拡大をと前から言ってる」と言っています。
    ここで、仮に特異度が99.9999%として、500万人に検査をすれば、事前確率が10%だったとして偽陽性の期待値は4.5人ですし、1日20万人に検査すれば1週間に1人ぐらいの発生が期待されます。
    ですから、「偽陽性は(ほぼ)発生しない」と考えているわけじゃないと思われますし、「可能性がゼロではない」のを問題にしている時点で、期待値が1人未満でも「ゼロではない」わけですから、この答えは論外でしょう。

  2. 「事前確率の高い人たち(有症状者と濃厚接触者)は偽陽性の害があっても仕方ない」
    これも無理筋だと思うのですが、「人権的に問題になる結果を招くこともあるが、公衆衛生(感染症拡大防止)のためやむを得ない」という考え方です。何が無理筋かと言うと、「事前確率の低い人を対象とした場合は『偽陽性の可能性がゼロでない』ことを問題視しているのに、事前確率が高い場合はなぜ『偽陽性の可能性がゼロでない』ことを許容するのか」というところです。
    僕にはわかりませんが、何か許容できる理由があるのでしょうか。
  3. 「広く検査すると対象人数が多いため偽陽性の人数が多くなるのが問題」
    「可能性がゼロではない」ことを問題視しているため「1人たりとも偽陽性を出してはいけない」という考え方と思いましたが、「偽陽性の人数」が問題であり、検査対象を絞れば偽陽性が発生したとしても少なくなるので許容できる、という考えることもできますかね?
    だったら「偽陽性の可能性がゼロではない」ではなく別の書き方があると思うので、これは違うと思いますが。「99%なら問題だけど99.9999%なら許容できる」と、程度の問題になりそうですし。

というわけで、納得できる答えは見つかりません。

追加の疑問

同じ記事の3ページ目に気になる記述を見つけました。

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仮に特異度という性能の一部が99%以上で非常に高いとしても、「無症状者かつ事前確率の低い人に対する検査というのは、妥当性は低い」と峰医師は説明する。

その理由は以下の5点だ。

(1)他の抗体検査などの結果から、日本では欧米等と比較して流行は非常に小さい。事前確率が低ければ、実際に感染している可能性はそもそも非常に低い。
(2)「安心」のために検査後のマネージメント(対応)が変わることはほぼない。
(3)「安心」のための検査にどこまでコスト・リソースを使うかという問題がある。
(4)偽陰性(感度という性能に関わる)の問題はどこまでもつきまとう。
(5)検査後に感染する可能性もあり、「安心」があまりに短期的なものである。

こうした点を踏まえ、「検査をするよりも常に予防を行い、普通に生活を行う方が良い」とした。

「(2)「安心」のために検査後のマネージメント(対応)が変わることはほぼない。」とありますが、事前確率の低い人たちを対象に広く検査を行った場合、検査の結果が陽性だろうと陰性だろうと対応は変わらない、という想定をされているのですかね? 「陽性だったら隔離などを行い、陰性だったら特に何もしない」ではないのでしょうか?
ちょっとこれは何を言っているのかわかりませんね。

まとめ

「PCR検査は偽陽性の可能性がゼロではないのが問題」という主張は無理があると思いますが、撤回されないのでしょうか?
もし返事があれば(返事に気付けば)この記事に追記したいと思います。

コメント

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